適応障害中できたこと/できなかったこと

こんにちは、おこげブログの管理人おこげです。

今までにも2回ほど適応障害のブログを投稿しましたが、今回もそのことについて。

去年、適応障害の時に書いていた日記を見返してみたら、「あれができない、これができない」と嘆いている文が多かったので、

今回は適応障害の時できたこと、できなくなったことについて書いてみよう思います。

いま適応障害で悩んでる方に、ぜひ共感して頂けたら嬉しいです。

できなくなったこと

仕事

まず私が適応障害になったきっかけは、職場の人間関係が主な原因なのですが、

それを自分で実感してから急に仕事に行くのが億劫になってしまいました。

職場にも適応障害であることを伝えていたので、退職までは時短で働かせてもらっていましたが、結局は職場にいること自体がつらいので、仕事どころではなくなってしまいました。

だんだん頑張ることができなくなっていった感じですね。

家事

これは夫に言われてはじめて気が付きました。

確かに仕事はめちゃめちゃ辞めたいし、体調もメンタルもすこぶる悪い、

しかし家事は何とかやれてる、夫には迷惑かけてない!と自分では思っていたので、

何もできない時間が増えたよね

と言われてびっくりしました。
(私の書き方が悪いですが、イヤミではなく体調を気遣っての発言)

自分ではいつも通りのつもりだったけど、客観的に見たらそんなにひどいのか、と。

自分でできることの範囲も、視野も気づかぬうちに狭くなっていたんですね。

料理、お菓子作り

家事同様、料理もできなくなりました。

適応障害の時は、たまに鍋料理なら作れていた気がします。

鍋の素と具材ぶち込むだけならなんとか、、、

できてたか?いや?

そこも妄想が入っているかも(-_-;)

仕事辞めて半月ほど経って、料理の楽しさを思い出しました。

ちなみに、大好きだったお菓子作りはまだ手が出せません。

お菓子作りの方が頭使うからですかね?個人的に。

イベントごとにケーキやらなんやら作っていたのに、

クリスマスもバレンタインも何も出来ず…

趣味取られたみたいで悔しいな~

読書

仕事から帰って、椅子に座ったまま動けなくて、

でも頭は「何かしなきゃ、何かしなきゃ」と空回りしているので

取り敢えず本を手に取ってみる。

開いて文字を追うことはできるけど、全く頭には入っていませんでした。

あの時読んだ本の内容は、あんまり思い出せないです。

運動

適応障害と診断されてからは、時短で働いていたので時間は十分にありました。

ありましたが、椅子に座ったまま何もできない時間があまりにも長くて、

運動どころではなかったです。

憂鬱な気分のときは外に出て運動すると良い、とよく聞きますが、

本気でメンタルやられてると運動すらできないんですね~(-_-;)

メンタルの安定

これも適応障害の時できなかったことのひとつですね。

というか、これができなくなるからメンタル疾患なわけだし、困っているんですよね!

具体的には、

  • 仕事中の動悸
  • 急に涙が出そうになる
  • 些細なことでイライラする

など

どれも自分ではコントロールできない感覚がありました。

私の場合は心療内科で薬をもらっていましたが、それもイマイチ効いてるのかわからず、退職一択でした。

ちなみに、辞めてから今のところメンタルは一切問題なし。

いや~、ほんと辞めて良かった!笑

将来のこと、先々の選択

辞めてどうするのか、次の就職先を探すことができませんでした。

適応障害で退職が決まってから、ただ退職日が来るまでひたすら耐えるしかなっかたというか

とにかく今がつらいので、先のことは何も考えられない状態でした。

そうです。

ニートの爆誕です。笑

適応障害でも続けられたこと

毎朝のルーティン

毎朝自分の心を落ち着けるためのルーティン

コーヒーを淹れて、観葉植物の世話をする

適応障害になり夜眠れない日もありましたが、

朝は割と決まった時間に起きていました。

睡眠が普段よりも浅くて、起きてしまったのもあると思います。

観葉植物とコーヒー、優雅な朝のように聞こえるかもしれませんが、

今思えば観葉植物は私が世話をしなきゃ、という使命感、
コーヒーは心落ち着けるためのルーティンというより、カフェイン中毒だったのかもしれません。笑

そして自分の気持ちとしてこれ辞めたら本当に壊れてしまう、と感じていたので、

意地でも続けてました。

スマホゲーム

ゲームができた、というより

これしかできなかった、という感じですね。

座って動けないときに、何も考えずにできることがスマホゲームだったんだと思います。

本当に、何時間でもやっていました。

現実逃避ですね。

なんか病院の、患者さんをどんどん治療してお金を稼ぐゲームをやっていました。

時短で仕事してつらい思いして帰ってきて、そこから現実逃避で仕事ゲーしてるの、本当にアホですね。笑

職場がつらかっただけで、本当はもっと仕事したかったのかな?と思います。

友達と出かける

適応障害中、友達が遊びに連れ出してくれたこと、とてもありがたかったです。

家と職場が近いこともあり、家にいても休まらないというか、

近くに買い物に行っても
あ~これ通勤路だな~嫌だな~とか考えてしまっていたり。

一人で出かけても、ずーっとぐるぐる考えて楽しめなかったり。

友達と出かけて職場から物理的にも精神的にも距離が離れることで、一時的にメンタルが回復しているような感覚でした。

今のメンタル関係なく遊びに行ける、ボーナスタイムみたいな!笑

個人的には、同じような境遇の友達に話を聞いてもらうのが一番心の救いになりました。

「よーし、明日からも頑張るぞ!」

と思えたんですよね。友達に会った後って。

実際は適応障害は気合の問題ではないので、次の日の仕事はやっぱりメンタルやられて帰ってくるんですが、

その日だけでもリフレッシュできるのって、当時の私にはとても心強かったです。

友達たちよ、本当にありがとう。

日記

3年日記を以前から続けていて、

まあ気が向いた日だけ書いてみよう、という軽い気持ちでしたが、

適応障害中はほぼ毎日、日記をつけていました。

今日はどんなことがあったか、どんな気持ちだったか、など簡単にですが、

今の気持ちをどこかに吐き出さなければ、という気持ちで書いていました。

あとは眠れない夜にひたすら今の気持ちを書いてみたりして、

無理に寝ようとするより日記書いてたほうが、気持ちが落ち着いて眠気が来ることもありました。

どうせ布団に入っても仕事のことぐるぐる考えてしまって眠れないので、

それなら今の気持ちに向き合おう、全部書き出してみよう、という作戦ですね。

自分の気持ちを紙に書いて整理したおかげで、退職を決意できたのもあると思います。

まとめ

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

私の場合は比較的症状が軽かったと自分では思っていて、
(あくまで自分の中で、比較できないのでわからないですが)

なので適応障害中も続けられたものもあったのですが、

当時の自分の気持ちとしては

「何もできん!なんもできん!!!」

という辛さと憤りを感じていました。

(家事に関してはできていると思ったのですが、それすらも妄想だったなんて…)

まあそれも退職直前には、「もう何もできなくてもいっか。」というあきらめに変わっていったのですが…

その話も今後していけたらと思います。

では、また!

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